知りたい

愛 あればこそ

知りたいと 思う

理解したいと 思う

わかりあえる

喜びが

絆と 縁を

深めていく

Harmony Oneness  光花

知りたい

恋愛で考えるとわかりやすいと思うのですが、

誰かを好きになったら、その人のことを知りたいと思いますよね。

  • 今、何をしているのだろう・・
  • 何が好きなんだろう・・
  • 誰か好きな人はいるんだろうか・・?

片思いであれば、少しでも好きな人のことを知って、

どうしたら自分に興味をもってくれるだろうかと、アプローチの仕方を考えます。

みごと告白に成功して、お付き合いが始まったときは夢心地です。

そこからがまた始まりで、

お互いのことをちゃんと知って深く理解しあえるほどに、

絆が深まっていきます。

縁も深まっていきます。

結婚して生活を共にしながら、生涯の伴侶として支えあってもいけます。

わかり合えることは喜びなんですね。

恋愛から考えてみましたが、

恋愛に限ってのことだけではありません。

人間関係でも、仕事でも趣味でも物事に対しても、

興味関心を持つこと、なにかを知りたいと思うことは、

あなたの中にある「愛」から湧いてくる感情です。

もっともっと知って、

深く深く理解していくことができれば、

あなたの中にある「愛」も深まっていきます。

知って理解したことを活かしていけば、

いろんな絆やご縁が広がっていくでしょう。

それは、あなたの「愛」が広がっていくのと同じです。

無関心は愛の欠落

「無関心は最大の罪」と聞いたことはありませんか?

無関心でいるというのは、知ろうとしないことですね。

知ろうとしなければ、理解は深まりませんし、

狭い了見のなかでしか物事が捉えられなくなってしまいます。

自分には理解できないことを言う人は、

間違っているとか変だとかオカシイとか、

勝手にジャッジしてしまいます。

その人にはどんな背景があって、どんな影響をうけ、どんな思いや考えがあってそう言うのか・・

といったことに思いが至りません。

そういうことも含め、

知ろうとしない無関心さは、「愛」の欠落した状態の表れのように感じます。

人間ですから、誰にだって嫌いな人や苦手な人はいるものです。

そういう人に対して、無理やり理解しろ、関心を持てとまでは言いませんが、

  • 気に食わない。
  • 嫌いだ。

ということで、

陰で悪口を言ったり批判ばかりするのは、やはり「愛」が欠落した状態なのではないかと思います。

距離をおくとか決別するのも一つの選択。

理解しようという意識があれば、

喧嘩別れのような、後味の悪いものにはならないでしょう。

それまでとは違った関係になっても、恨みつらみのない関係になれます。

「愛の大きさ」が、その人の「器の大きさ」でもあるのではないでしょうか。

「知りたい」と思うことは、「愛」や「器」を大きく広げていくことになると思います。

人とのつながりあってこそ成り立つ社会なのですから、

互いに理解しあうことでよい人間関係を築き、

絆やご縁を広げていって、人生を豊かにしていきたいものです。

コミュニケーションしよう

互いのことを互いに知る。

理解しあおうとする。

そこには「愛」があります。

「愛」あればこそできる行為です。

三密だ、自粛だと、

人とのつながりを分断させるような今の状況は、

人が人としての幸せを享受するのに真逆なことだと、

とても違和感を感じています。

感染拡大予防のため・・

という名目があるのでしょうが、

一年以上たって多くの専門家の分析やエビデンスが出てきていますから、

そういうことも「知りたい」と関心を持って、

誤った認識から作られてしまった風潮や概念があることに、早く気づいて欲しいと思います。

もっともっと直接コミュニケーションをして、

互いに知り合い、理解しあえる喜びを感じ、

絆とご縁が広がり深まっていくように・・

人が人としての幸せを、当たり前のように享受できる社会を取り戻していきたいものです。

ご縁に感謝します。

意識を変えて ワクワクの未来を創ろう

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