受けとめる器

陰と陽

すべて 表裏一体

ふたつで ひとつ

同じものを 見ていても

良いところ 悪いところ

両方ある

どちらもわかれば

陽を陰に

陰を陽に

自在に切り替えることだってできる

それが

大きな愛で受けとめられる

心の器かな

Harmony Oneness  光花

「陰・陽」のふたつあってひとつ

どんなことにも「陰」と「陽」があります。

一枚の紙にも「表」と「裏」がありますね。

「表」だけあって「裏」がない紙などありません。

「光」がなければ「影」ができないように、

片方だけでは成り立ちません。

「陰」と「陽」があって「ひとつ」です。

こころにも「陰」と「陽」があります。

例えば・・

大型量販店などに買い物にいった時、こんなことを思ったことはありませんか?

山のようにたくさんある商品。

誰も見てなどいない。

  • ひとつふたつ、こっそりカバンに入れたって分からないよな・・
  • いや、誰が見ていなかったとしても、盗みや万引きなどしてはいけない。

「善」と「悪」

ひとりの人のこころにある「陰」と「陽」といえるでしょう。

あわてんぼうの人のことを、

  • 落ち着きのない人とみるか。
  • すぐに行動に移せる人とみるか。

これもひとりの人をみた「陰」と「陽」で、どちらとも言えることです。

長所であっても短所と言えるし、

短所と思っても長所になります。

何かの出来事にしても、「陰」と「陽」両方の側面があります。

うまくいかなかったことに対して、

  • 失敗とするか。
  • 成功への経験とするか。

どちらにでもしていけます。

「陰」が悪くて、「陽」が良いということではありません。

どちらもあって「ひとつ」なのです。

表裏一体として、「ひとつ」の中に存在しています。

「影」のものがわかるから「陽」のあたるものも見えるようになるのでしょう。

どちらかに偏ると、「ひとつ」としての全体がわかり辛くなるかも知れません。

「器」のある人

転んでケガをしたことは誰にもあるでしょう。

  • ケガをしたから、痛みがわかります。
  • 同じケガをした人の痛みがわかります。

何のケガも痛みも経験したことがない人は、その痛みというものがわかりません。

だから、ケガをすることにも良い点があって、必要なことだったりします。

同じものの中にある、

  • 良いと思われること。
  • 悪いと思われること。

その両方のどちらもわかるのが、人の器かも知れません。

「陰・陽」の両側面がわかるから、大きな器で受け止めて、

「陰」を「陽」に、

「陽」を「陰」に、

自在に切り替えコントロールもできるというもの。

おおらかで寛容な広く大きな器のある人は、

どんなことも受けとめられる、「大きな愛」がある人なのだと思います。

「愛の大きさ」と「人の器の大きさ」と同じのように感じます。

大きな愛で受けとめられる「器」の大きな人になりたいですね!

ご縁に感謝します。

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