心配や不安にさせられ、人の弱みに漬け込み、甘い言葉や優しい言葉で上手く話に乗せられる。

人を騙す手口は様々あれど、流れ的にはそんな感じでしょうか。

騙された経験がある私は、その根底に「無知」と「依存」があったからだと気づきました。

「知らない」という事は、正しい道やあるべき人生への遠回りになってしまいます。

昨今の世界的に危機的状況の中でも、幅広い知見と見識があれば、日々得る情報からの判断が変わります

「知る」ことに関わる環境を振り返りながら、これからの未来を考えて行きます。

 

知る環境からの影響

 

生まれてからずっと、生きる環境の中で、人は様々なことを知ります。

「知る環境」がとても大切です。

「知ること」

● ひとりの人間として、五感を通して知ること。

● 身近な人からの接し方や、教えて貰って知っていくこと。

● 学校や社会に出て、行動範囲が広くなったことで知っていくこと。

●新聞テレビ、様々な情報源や書籍などから知っていくこと。

●人それぞれで興味が湧くこと、関心を持つことによって知っていくこと。

 

その時々、人それぞれの環境で、知り得ることに違いが生まれます。

「知る」内容で、その人の個性や生き方は影響されます。

 

オオカミに育てられた少年は四つん這いで走り、生肉を食べ、言葉は喋れなかった・・という事を、随分前に聞いたことを思い出しました。

野生の動物に育てられたら、野生の動物のような生き方しか出来なくなる。

当然といえば当然のようですが、環境からの影響を受けて、人は育っていくのですね。

逆に、神様のような人に育てられたら、神様のような人が育つ!

そんなことも有り得ると言えますね 😉

 

 

学校教育への疑問

 

知る環境として大きいものは、やはり学校教育でしょう。

教育される内容って、本当に重要です。

学校では教えて貰えなかったことで、もっとこういう事を教えて貰いたかった・・と思う事柄が、これまでどれだけあったことか 😯

テストのための勉強や、偏差値で表される評価など、本当に役に立たないと私は考えます。

 

義務教育は、平等に学ぶ権利と機会を与えられていて、素晴らしい面はあります。

しかしながら、時代はどんどん多様化して来ました。

その変化と共に価値観も多様化する中で、ひとりひとり違う個性を伸ばすには、画一的な教育内容やシステムはもう時代遅れでしょう。

 

「知る」ことは楽しい事です。

勉強が楽しい!と、自ら進んで学び知っていく楽しさを体験できる教育環境を、整えていく必要があると思います。

教育環境そのものが、もっと個性ある多様化したものになっても良いのではないでしょうか。

 

学ぶことは楽しい!

自ら進んで学び、知ること。

知ったことをやってみる、体験の楽しさを知る。

個性ある多様化した、人を育てる教育環境があっていい。

 

 

学ぶ側と教える側の変化

 

学ぶ環境の中で重要になってくるのは、教える側の人間です。

師匠やメンターと言われる人との出会いが、人生の大きな転換になったという話を、耳にしたことがあると思います。

 

私が小学生の頃は、先生は怖い存在でした。(私の主観です)

怖いと思ったのは、厳しさがあったからだと思います。

先生という立場の人には尊さがあり、敬い礼節を持って接するべきだと、その頃はまだそんな風潮があったように思います。

 

ところが、中学生くらいになると、先生に対して侮辱したりバカにしたような態度をとる同級生もいたりしました。

反抗期の年齢であるという事もあるでしょうが、教える側と教えてもらう側の立場が、徐々に崩れてくる前兆であったように今は感じます。

 

高校生になって体も大人じみて来ると、先生が友達みたいな対象に変化していきました。

互いに親しみをもって接する事は良いと思いますが、それもケースバイケースで、立場の違いをわきまえて節度も必要なのではないかと考えます。

 

自分の子供が学校に通うようになって、先生の品定め的なことを話す親を見てきました。

どうであれ、子供の前で先生の悪口は言うものではない・・と私は思いました。

先生と親の年齢が近いという事もあるでしょうが、その頃には先生に対する敬意や信頼関係は、もうあるのかないのかギリギリを行っていたのでしょう。

とうとう先生よりも親の立場が逆転し、モンスターペアレンツなんてのが現れたり、学級崩壊なんて事が起きたりする時代になって行きました。

 

地域差は勿論あって、全ての教育現場がそうだとは決して思いませんが、時代が進む中で変わっていってしまった、私なりに感じた流れです。

この変化の流れを振り返ってみても、人がちゃんと育つ教育がなされていないからだと言えるのではないでしょうか。

人を育てる

人が育つ教育 ⇒ 教える側の人が育つ

教える側の人が育つ ⇒ 人が育つ

 

 

知識・教養・人格はセットで

 

「知る」という事と併用して、大切なのは「人格」です。

素晴らしい知見を持っていても、とんでもない人格の人であったら、悪用される事だってあり得ます。

人格は、根底にある思想的・考え方が人柄として表れるものだと思います。

人格者・・とまではいかなくても、豊かな人間性が育まれてこそ、知見が活かされるのではないでしょうか。

 

「躾」として幼い頃までに、その土台になるものを育てる必要があると思います。

そういう教育基盤が、歴史と共に薄れてきてしまった事が、今の教育の現状に繋がっているのだと思えてなりません。

人格形成に関する内容は、こちらの記事にあります。

 

CGS番組で私は沢山の学びを得ましたが、その中で江戸時代の教育の素晴らしさを知りました。

明治初期から日露戦争の頃までは、江戸の教育を受けてきた人達が関わってきたから、強い日本が成り立ったのでしょう。

これも「知る」ことの一つとして、是非ご覧になってみて下さい。

今こそ再注目!江戸の教育を学ぶ【CGS ねずさん 江戸時代 第2回】

https://youtu.be/06HE9FYTZEg

 

 

人が育つから、社会が育つ

 

日本人は「性善説」が通用する精神性が備わる風土で育ちますが、外国からしてみるとそれはとても珍しいことなのです。

だから、外国では日本の常識が通用しないということを、知っていないといけません。

外国での常識を知ることは、日本の良さを改めて知ることにも繋がります。

そして、その良さが弱点にもなり得るということへの理解が深まるでしょう。

 

長所も短所も分かった上で、日々変化する情報や情勢を俯瞰することで、より良き判断、決断、そして行動へと繋げていきましょう。

 

日本人からしたら、とんでもない思想が、世界の常識であったりします。

そういう事も踏まえた上で、世界における日本の立ち位置も考えていきたいところです。

そのためには、この難局を乗り越えていかなければなりません。

 

日本のこれからを希望ある明るい社会にしていく、そのためのアクションをご紹介します。

 

【拡散希望】結党します!!我が政党の名は○○〇

【政党DIY KAZUYA×神谷宗幣×渡瀬裕哉×松田学×篠原常一郎 結党特別編 】

https://youtu.be/2yca5DIbteg

 

知ることは、正しい判断をするための土台になります。

知って考えてやってみる。

知って考えてやってみる。

行き着くところはその繰り返しです。

その経験値の差が、その人その人の人柄・生き方に表れてくるのでしょう。

お金には変えられない素晴らしい価値となっていくのです。

 

人はどうであれ、気づいた人はもっと知見を広めてみて下さい。

修身という言葉があるように、人は死ぬまで自らを高めていけるのです。

私はこれからもずっと、そんな意識で人生を歩んでいきたいです。

 

 

ご縁に感謝します。

 

 

意識を変えて ワクワクの未来を創ろう

 

 

 

 

光花

本来あるべき幸せな生き方とは?

自然と共生・調和しながら、全ての人がひとりひとりの良さを最大限に発揮して、それぞれの役割で助け合い支え合い、喜び・幸せを分かち合っていく。

そんなHarmony Onenessの未来を

実現しませんか?

 

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