多くの人が個人的なやりとりから、広く公開する情報まで、色々な媒体を通して思いや考えを発信することが容易になりました。

会ったことのない人とも繋がることができて、コメントも自由に書き込めたりします。

コメントのみならず発する言葉から、その人の思考・感情・人柄(人間性)を伺うことができます。

より良い人生や社会へと繋げていく選択をしていくためにも、「言葉に対する意識」「議論の在り方」を考えます。

 

 

「言葉を選ぶ」意識

 

人は言葉を通して、考えたり学んだりします。

言葉を通して思いや感情を伝え、自己表現します。

人とのコミュニケーションも、意見交換・話し合いや議論するのも言葉です。

「言葉」で様々な情報を自ら出し、周りから受け取っていますね。

 

そういえば・・子供の頃に「良い言葉使いをしなさい」と言われた記憶が蘇りました。

汚い言葉はやはり下品だし、美しい言葉使いの方は上品でその人柄にも魅力を感じます。

言葉はその人の為人(ひととなり)を表すなぁ・・と、改めて思いました。

 

言葉を意識しよう

言葉はその人の 為人(ひととなり)を表す

 

「言いたいことを言う」のは、必要なことでもありますが、やはり言葉は選んで使いたいものです。

 

自分が考えたり思う思考、発する言葉、得る情報など、その「言葉」をどれだけ意識できていますか?

今一度、振り返ってみましょう。

 

 

言葉の影響力

 

意識しないと何気に使ったり選んでいる言葉ですが、その言葉による影響はとても大きいと感じます。

選ぶ言葉や情報で、人柄や生き方、社会にまでも様々な影響が及びます。

 

国によって言語の違いがありますが、日本語は「察する・感じる」感性が育まれる奥深い言語だと思います。

俳句や短歌があるように、行間を読んだり、言葉の一音から情景や感情まで表すことが出来ます。

歴史や文化、日本人の精神性やアイデンティティーが育まれたのは、日本語を使って来たからだと言っても過言ではないでしょう。

察する能力が高いから、空気をよんだり「以心伝心」「言わずとも分かる」といったことも可能です。

だから「はっきり言わない」国民性も生まれるのでしょう。

 

しかしながら何事にも一長一短があって、それが良い方向に働けば良いのですが、そうではないこともあります。

「はっきり言わなければ ならない時」

「はっきり言わなければ 伝わらない時」

そういう場面も多々あります。

 

そして「言って良い言葉」

「言わない方が良い言葉」もあります。

 

はっきり言うにしても、人を不快にさせるような軽々しい言葉は避けたいものです。

 

どんな言葉にも影響力がありますから、やはり思慮・考慮して言葉を選び使う必要があるでしょう。

思慮や考慮の浅さも、言葉に現れます。

言っている本人は気づかずとも、分かる人にはお見通しなんでしょうね。

 

 

結果に対して物言うのは簡単

 

ここ最近の新型コロナウイルス関連はじめ、様々な情報やコメント等を私なりに見ていて思うのです。

「結果」に対して批判や批評をするのは簡単だと。

 

小さな選択から重大な局面での選択に至るまで、選択する時点では、その先どうなるか分かりません。

未知なるものを選ぶわけです。

その選択が大きなものであればある程、勇気覚悟を伴います。

大きな決断力も問われます。

相談をすれば、賛成・反対も当然あるでしょう。

その中でどうすべきか考慮し、決断して下した選択で何かしらの結果が出ます。

 

どんな結果であろうとも受け入れて、その先はまたどうするか・・と、その時その時最善と思われる選択をしていくだけなのです。

結果は過程であって、100%完璧な結果なんてないし、100%正解の結果もないのです。

 

結果は過程

選択した時点での、結果は未知。

100%完璧な結果なんてない。

100%正解の結果もない。

どんな結果も受け入れ、次の最善の選択に繋げるのみ。

 

その人の立場になってみないと、分からない事は沢山あるでしょう。

「言うは易く行うは難し」なのです。

見えている一部分や表面的な結果だけを見て、軽率に言いたい放題言うのはどうかと思います。

何を言っても自由かもしれませんが、思慮が足りない言葉がそこかしこに横行して、言葉がひどく軽く扱われているように思えます。

言葉の扱い方を大切にするよう、意識したいものです。

 

 

議論が成り立つには

 

まともな議論が成り立つ状態は、互いに同等レベルの知識がある場合です。

幼稚園児と一流大学生が、何の話題で議論できますか?

一流大学生には幼稚園児の言っていることが分かっても、幼稚園児は一流大学生の話す話題には着いていけないでしょう。

何のことやら理解はできず、話し合いにはなりません。

真っ当だと思う事にも、くだらないようなコメントが書き込まれているのを見ると、幼稚園児が駄々をこねているように感じます。

ただ、相手にして欲しいだけなのかも知れませんね。

 

同じ土俵で意見したかったら、それなりの知識を学ぶ必要があるでしょう。

その上で自分の意見を持って、自信を持って発言すれば良いと思います。

 

それから、自分の意見が相手と違うからといって、相手が間違っているとは限りません。

意見するからには、互いにその土台となる知識や考え、根拠があるからでしょう。

議論するには冷静に、互いを理解し合おうとする意図がなければなりません。

 

好きとか嫌い、気に食わない・・といったような、感情が先立つ状態では、まともな議論や話し合いにはならないでしょう。

前向きで建設的な話し合いに必要なのは、互いに学ぶ姿勢誠実であろうとする姿勢だと思います。

そうであってこそ、有意義で有効的な話し合いや議論になるでしょう。

最善の選択肢も見つかるのだと思います。

 

有意義な議論に必要なもの

議論する相手と 同等レベルの知識

根拠に基づく 自分の意見

冷静さ

理解し合おうという 意図

学ぶ姿勢

誠実さ

 

 

世界的岐路での選択

 

新型コロナウイルスの影響が、感染だけでなく経済にも世界的に大きな影響を及ぼしています。

世界各国・世界の組織・日本政府の選択肢が、国民ひとりひとりの生活にまで大きく影響してきます。

 

様々な情報「言葉」から、何をどう受け止め選択の道しるべにしていくか、個々の了見が問われます。

 

嘘やごまかしに惑わされない、大極を見る目を養いましょう。

決められた事に従順に従うだけでなく、多くを学んで自分の意見を持ちましょう。

 

大極を見て 自ら考え選択する

どう在るべきか

何が最善か

自分に 今 何ができるか

 

全ての人の意識は、社会全体・世界にも繋がっています。

ひとりひとりの選択が、とても大切なのです。

自らの「言葉」ひとつにも意識をして、誠実な言動を心がけ、今できる最善に集中しましょう。

 

これまでの支配体制の中での常識は、大きく崩れ去ります。

新たな生き方への時代へ移行していく、チャンスを活かすのです。

私のイメージする「Harmony Oneness 未来像」を見て、どんな生き方がしたいか、どんな世の中の仕組みになれば良いか、ゼロベースから自由に考えてみて下さい。

 

言葉を意識し、前向きな議論を巻き起こし、生きたい未来を創造していきましょう!

正解はなくとも、良い方向に進めるように。

 

 

ご縁に感謝します。

 

 

意識を変えて ワクワクの未来を創ろう

 

 

 

 

光花

本来あるべき幸せな生き方とは?

自然と共生・調和しながら、全ての人がひとりひとりの良さを最大限に発揮して、それぞれの役割で助け合い支え合い、喜び・幸せを分かち合っていく。

そんなHarmony Onenessの未来を

実現しませんか?

 

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